ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

ひたすらにバタバタしてる昨日今日

写真もお話も、何かを媒介させる手段に過ぎなくて、手段自体をテーマや目的にするのは、ちょっと違うと感じる。

 

千葉雅也の『勉強の哲学』に出てきた「欲望年表」から、または大沢真幸が『考えるということ』で書いていた「生きづらさ」から、出てくるようなテーマを見つけたいのだろう。

テーマを見つけようと、書き出すことも何度かした。書き出したことを無駄にするまいとは思うが、キーワードとして捕まえるほどの明瞭度がなく、ぼんやりと存在を感じるだけで終わってしまう。


それで自分には何もないと思うのもひとつであり、すべてをあきらめて怠惰な残り時間を過ごすのも手ではある。

現在という点は、生と死の中間でしかない。あきらめてもいいし、あきらめなくてもいい。

 

私は「夜空の星々のように、点としてぼんやりテーマが存在してるのでは?」とあきらめてない。

点と点をつなぐ時の喜びを知っているからこそ、あきらめたくないのではないか。