ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

「練習」で、どんどん先へすすもう

撮ることも書くことも、最近再開したDAWにしても何でもそうだけど、下手な状態から始めることを、受け入れないと始まりません。時に誰かにそれを笑われることも。

そういう人とは、いくら仲が良くても距離を取った方がいいと思いますが。

 

私が何か新しい手慣れていないことを始めて、ネットで見せる時は、先手を打つ意味で「練習です」と断ります。自分を下卑して「ヘタクソ」と書くこともありますが、これはあまりよくない手。自己卑下を続けると、考え方をこじらすので。

 

作るものを「習作」「プロトタイプ」として、まず自分が楽しんで、分かってくれる人にも向かって、どんどん作っていると、そのうちそれなりに作れるようになったと、自分で分かるときが来ます。

記録として残したいことでも、どうしても作りたいという熱い思いであっても、質より量でアベレージを上げる感じです。

結果を出すためには「質」よりも「量」をこなして学習することが重要 - GIGAZINE

 

でも、例え上手くなくても、熱意のこもった写真とか、文章を目にすると、なんだか私は嬉しいです。

バカにしているわけではなく、例えば有名なアニメ作品をまだ見ていない人が、「これから見る!」という時のうらやましさにも似た嬉しさです。

「ああ、私が一通り見て楽しんだことを、これからまっさらな状態で見られるなんて、うらやましい!」というやつです。それって最初しか味わえないんです。(たぶん)

 

手慣れていないことを始めることは、「知らない→知ってる」の遷移を、反復横跳びのように行ったり来たりすることを楽しむことだと思って、嫌味はあまり重く受け止めずに、とりあえずで続けてほしいなと思うのです。