ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

人生で重荷を背負わないために

『人はなぜ物語を求めるのか』感想みたいなもの

 物語に関する本だろうと、自分でお話を書く時に役に立つかもしれないと、タイトルで選んで購入した本。

 もちろんお話のヒントになりそうなことも書かれていたが、どちらかというと、人生で余計な重荷を背負わないようにするための本という印象だった。そういう本はとても好きなので、嬉しい誤算だった。

 

人間は物語る動物

 人間は瞬間ごと、時系列の前中後で、思うこと考えることが違ってくるのに、主体として一貫性を持たせるために、物語としてできごとを理解する動物。

 この内容は、写真の本質にとても近いと思った。

 写真自体は時間や事柄の断片だが、組写真といって複数枚の写真を1セットとして見せる場合に、物語性を持たせようとする人は、けっこう多い。

 写真を組むことが上手い人は、写真で物語を語れるのかもしれない。でも画像で物語りたいのであれば、連続した時間を体験できる、ムービーや動画で表現した方が、作品を観る人には滑らかに伝わると思ってきた。

 しかし、人間の本質が断片的な自己を物語としてつなぎ合わせているなら、写真もまた物語として受け取ってもらえる可能性があるように思えた。

 時系列以外の物語る写真を、いろいろ観てみたい。

 

「話をする」ことが持つ機能

 話をすることは、会話の内容や意味だけでなく、言葉をただ交わすことに、グルーミングのような働きがある。

 SNSで「クソリプ」と言われるリプライの正体を見た気がした。

 「クソリプ」とは、受け手が「そうだね」くらいにしか返事のしようのないリプライのことだと思っている。

 相手が自分にリプライを投げた行為に対して、受けないのも、返さないのも自由だとは思う。ただ、自分がリプライを受け取ったり、中間地点に落ちたなら、何らかの丁寧さを相手に見えるようにした方が良いと思った。エアリプを忖度してカバー、というのはしたくないけど。

 

人生で余計な重荷を背負わないために

 人間は不本意な結果の物語を受け取ると、「なぜ?」という問いを持つ。

 でも本当は理由ではなく、意味が知りたいと思っている。その意味を探すことは苦悩であり、その苦悩には意味がない。

 苦悩が解消されるという期待を抱いているとき、希望は持てないのかもしれない。

 自分が人生に期待するのを止めて、人生が自分に何を期待しているのか、なに(だれ)が自分を待っているのか考えるように転換してみるのも、手である。

 

 ここで、人生が主体で、自分が従属の形に見えたことが、宗教的だと感じた。

 

 この世界は本当は因果律的にはできていないし、理由のないことはいくらでもある。

 

 これは、哲学的な印象を受けた言葉で、ハッとした。
 
 人生のさまざまな場面で、自分や他人を制御できると思う範囲が大きくなりすぎることで、自我が肥大し、自分の生きる指針で苦しむことが増える。執着が強くなったら、手放すことは怖いかもしれないが、手放すことで自由になることがある。
 
 と、最終ページに向かうにしたがって、仏教やキリスト教に由来する話が多くなる。それだけ、宗教が人間を知っているということであり、出来る出来ないは当人次第だが、道を示せる人間の叡智の形が、宗教になっているのかもしれないと思った。

 

おわりに

 全体的な内容として、もう少し水増ししてハードカバーの書籍でも十分と思える本が、お手頃な新書で、最後までチョコぎっしりという内容の充実ぶりに、出会えてうれしいと思えた本だった。

 

人はなぜ物語を求めるのか (ちくまプリマー新書)