ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

本当

 「自分が本当にやりたいことは何だろう」と、ここ数カ月で何度か考えては、ペンを置いていた。「『本当』なんてあるんだろうか?」と思うからだった。

 『勉強の哲学』では、欲望年表をつくって自分の勉強したいことが見えたら、自分探しを中断して勉強しようということだったはず。

 

 人生なんて無意味なモノ、ランダムな事象の連続だととらえているけど、自分のやりたいこと探しだけで人生が終わるのは味気ないと感じる。

 

 寄り道自体は悪くないし、途中で目的地を変えるのも良いと思う。

 何かに没入したいのけど、自分探しに没入するのは避けたいのだろう。でも「本当」を探してしまう。

 「本当」がキーワードで見えてくると、じゃあその本質は?と考えてしまい、その本質の本質…となり終わりがない。

 

 平田オリザさんが書いていた、「本当の自分なんてない。人間はタマネギみたいなものだ」(というような内容)が、「本当」の本質でもあるような気がする。

 千葉雅也さんが書いていたように、どこかで中断させる必要がある。

 それは自分が強く興味を持っているが、世の中には欠けているモノが見つかった時なのかもしれない。

 となると、もうちょっと情報にあたって行くのがいいのかな。