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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

「読んでいない本について堂々と語る方法」ピエール・バイヤール

 本を通読・精読しないことは、自分を守るために必要であるということが書かれている本。

 確かに本を読むと少なからず本からの影響を受けてしまい、自分の思考と本による他者の思考がごちゃまぜになってしまう。

 読み專の人はそれでも構わないかもしれないが、アウトプットしようとして読書をする人は、読書することで自分の純粋さが減ることを考えると、読書に慎重になっていいのかもしれない。

 でもそれって、相当レベルの高い思考ができる人に限られる話ではないか?自分に適用して良いモノかどうか...。

 

 本を読まない主人公を題材にした小説などの引用が、たくさん出てくる。他人がどんな風に本を読んでいるか知らないだけで(そもそもそんなことを話す相手もいないし)、本を精読していない人は結構いるのかも。

 自分が読んだ本についてはSNSで披露したりするが、本を読まない人や読むのが遅い人にとっては、読書自慢に見えていたりするのかな?

 それは「読書が良いこと」という範疇で考えることが社会に浸透しているから、読んだ本や読書量を見せびらかしたいという気持ちが全くないとは言えない気もしてきた。

 しかし「こんな面白い本があってね」という話はして行きたい気もする。

 ブログにはこれまで通りな感じで読書メモを書いていくと思うが、SNSは読んだ本のタイトルだけをアップするくらいにしようかな。

 本を読まないことを論理的に勧めているので、内容には「なるほどな」と思ったが、本を読まずにその本の内容を語ったりするには、世の中にどのような本があるかや、本の本質や体系を知るためには、最低限の読書は必要ではなかろうか?

 この本の要は、「読むのが時間の無駄になるような、くだらない本を読むな」ということなのかもしれない。そこには、楽しむための読書という印象はない。勉強のための読書なのかな。

 この本では、読んだことが無い本、流し読みした本、人から内容を聞いた本、読んだが忘れた本とジャンル分けして、それぞれの場合でどうするかが書かれている。

 自分も最近精読する本は減ってきた。この本も飛ばし読み。「でもそれでいいんだよ」という、心理的な罪悪感は軽減してくれる本だった。そもそも本を精読しても、記憶は消えていくし、時間は有限だから再読ばかりしていられない。大事なのは全体の中で、読みたい本がどこに位置付けられているかなのだそう。

 でもの視点って、そういう視点を鍛えないと持てないだろうな。でもやり始めないとできないことだし、自分もそういうことを意識していこうかなと思う本だった。

 

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)