ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

漂流から標を探して

 自分は何がしたいんだろうかと、ぼんやり考えるようになった。そういえば、今自分が一番撮りたい被写体はなんだろう。路上スナップも撮っていきたいとは思っているけれど、動物写真に戻りたい気もしていて、よくわからない。
 一番を決める必要はないのかもしれない。でも決めたら楽だ、後はそこに集中して時間を投下していけばいい。ただ本質は、撮りたい写真のジャンルを決めることだろうか。
 写真や動画を撮ったり、文章を書いたりするのは、手段であって目的ではない。自分がやりたいことは何だろう。
 
 アメリカの大統領が変わって、これから世の中の流れが大きく変わるかもしれない。そういう中で、自分のやりたいことの軸を定めて、この流れに流されないようにする。そういう志はカッコいいなと思う反面、潮流に負けない強さを持ってひとりで、あるいは少数のグループで生きるというのは、世界から分断された空間でなければできない。
 そしてその潮流に負けないという姿勢で生きてきた人たちと、そうでない人たちの差が、大統領選挙の結果だったのだと思う。もう既にアメリカは大きく分断されていた。貧富の格差、教育の格差の結果だろうか。そんなに単純じゃないかもしれないけど。
 ならば、さらに流れに逆らって、自分の快適な集団をより強化することが大事なのだろうか?それは逆効果じゃないだろうか?
 
 と書いてみたものの、自分のやりたいことは、世の中を変えるような大きなことではない。
 
自分にできることは
  1. 前向きに生きていくこと。
  2. 興味を持つことへの偏愛を、よりとがらせること。
  3. 結果をたくさん生み出していくこと。
  4. 自分が生み出したものを楽しんでくれる人が、どこかにはいると信じること。
  5. 体力をつけること。
  6. 新しいことにチャレンジして、吸収していく勉強をすること。
  7. だらだらできる余力を持つこと。
  8. いろいろなコミュニティに、ちょっとずつ参加しておくこと。
 
 自分のやりたい、目指したい標は、自分と同じ世界線にいる隣の人も、前向きになれるようなものを作りたいと、ぼんやり思う。
 今の自分に載っている、そういう責任は小さいけれど、でももうすでにあると感じる。