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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

森山大道写真展「仮想都市~増殖する断片」を観てきました

 先週末、森山さんの兵庫県美での写真展を、最終日にすべり込みで見てきた。人もそれなりに多く入っていて、じっくりとは観られなかったけど、ざっと見ただけでも森山さんの良さは、私に伝わった。
 
 それは80歳を前にしても、新しい写真への挑戦が続いている、ということに尽きるのかもしれない。まだ見ぬ街へのアプローチが、仮想都市という言葉にも表れていると思った。
 クリシェを使わない強さと、潔さ。そしてセレクトの感覚の鋭さは、やっぱり写真家として一流なのだなと、しみじみ感じた。
 

見慣れた写真の心地よさ

 会場に入って、パッと目につく壁に連なっていたのが、シルクスクリーンで印刷されたプリントだった。「森山さんを知っていれば、見たことあるよね」という写真だけれど、この写真を目にした感想は、とても心地よいという感想だった。
 古き良き時代を写しているから、という部分もあるのかもしれないけれど、森山さんのアレの入った写真が、シルクスクリーンで強調されて、ただただ自然に目になじんでくる写真に仕上がっていた。
 見慣れた森山さんの写真を、プリント方法を変えて、さらに森山度を純化させた写真が観られて、本当によかった。
 

カラー写真の居心地の悪さ

 そのシルクスクリーンの展示の後ろには、カラー写真が展示されてた。
 森山さんのカラー写真を見たことが、無い訳ではなかったけれど、大きなプリントで観ると、カラーの度ぎつさが一層引き立つ感じで、ざわざわするような写真だった。まるで、ピアノの鍵盤を叩き割るつもりで音を出しているような感じ。でもこれは、カラーで見ないと意味がないんだろうな、とも思った。
 中でも、マネキンを被写体に選んだ写真が、印象に残った。とてもエロい感じで。
 
 
 森山さんの写真を、心地よく感じてしまう自分に、自分もずいぶん変わったんだなと思ったけれど、ただ居心地が良いとなってしまっては、留まっておくことを望むようなことになってしまう。自分も常に流れていかないと、と思った。
 また、森山さんの写真は、特別な仕上げをしていないように見えるのも、またいい。「本質を見つけたいならシンプルに」ということも、念を押されたように感じた。自分が撮ること、写真を見せること、人生が終わるときまで、それが続いていけばいいな、と思う展示だった。