ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

友だちになるって?

 たくさんの時間を共有して、お互いの匂いや嫌なところを知っている体の言葉と、精神的に同じ価値観を共有している精神の言葉と、両方を備えていないと友だちとは呼べないと私は思っています。
「おとなになるってどんなこと?」p50


 同意。

 友だちが多い人には、にぎやかなイメージがある。友だち100人できるかな?の世界だ。あれは本当に無邪気な子どもにとって、呪詛のように刷り込まれる言葉だと思う。「友だちは多い方が良い」という。
 ちょっと前までは、自分もにぎやかに過ごしたいと思っていたので、小さなサークルに入っていくことが大事だと思っていた。
でも上手く友だちを増やせないという現実と、そんな現実でもつき合っていける少数の人がいてくれることを思うと、今は友だちと思える人は5人もいないかもしれないけれど、それで十分だという気がしている。


 周りにいる友人をみて、もっともっと友だちを増やして、にぎやかな中にいたい感覚になるのは生き辛い。
 「友だち欲しいよぉぉぉ!」って叫んでいる人は、Twitterにもブログにもいるけれど、その感覚は心の余裕のなさから来るものだと思う。悪い人につけ込まれないように、気をつけた方がいいと思う。。

 

 今おじさんになった私が、自分の子どもの頃みたいに友だちを作りたいと思うのは、もう時代が変わっていて、無理なのだというのも感じている。
 今の友だちの作り方は、とりあえずLINEやSNSでつながって、盛り上がらない人は切り捨てられていくという減点方式なので、付き合いが長いから友だちになれるという加点方式ではなくなっている。人づきあいが苦手な私には、そういうツールが無かった時代より、圧倒的に友だちを作りにくい時代なのだ。
 昔のような友だちを作りたければ、ネットで見つけるのではなく、ネットをしない人、携帯はガラケーというような人を見つけた方が、早いのかもしれない。まあそういう人と、どこで出会えるかというと、スナックやBARなのだと思う。リアルで出会える場所を探した方が早いと思う。ネットをしない人は結構いる。日本国民の半分はいる。
 
 友だち付き合いするとなると、イヤだと感じるところもあって、そこに面倒を感じる場面もある。でも自分だって、面倒をかけたり心配されたりしていて、お互い様なのかな、というあたりで落ち着くのだろう。
 友だちを、人生のパートナー並に濃い付き合いにするのは、なかなか難しいと思うけれど、そこまでしたいなら、相手の価値観に共感は出来なくても、理解していく必要があるのかなと思う。

 

おとなになるってどんなこと? (ちくまプリマ―新書)

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