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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

社会の明るさと創作の暗さ

写真 雑記 読書

「迷いなく幸せを描くことだけが現代における芸術家の真の反逆だと私は信じています。」
おとなになるってどんなこと?p8


 一般人から死が遠ざかってしまった現代において、創作をする人が目指す最前線が、「幸せ」というのはしょうがないのかもしれない、でもそれでいいのか?ということは、常に考えていたい。創作は、あらゆる感情を認めようという立場で在るべきだと思うからだ。すでに、プロの音楽の世界ではネガティブな歌は作れなくなっていると聞く。しかし自分の写真だって極端に暗くしようという気持ちは、写真を始めた頃よりもずっと薄くなっている。

 

 それは暗さを否定したいわけじゃないけれど、日本社会、あるいは地球全世界が向かっている先が、暗さを感じさせるので、明るい方向を見ていないと、もう息が出来ないという状態にまで落ち込んでいるからではないかと思う。

 写真で森山大道などの極端なアンダーが主流になったのは、日本がイケイケドンドンで景気が上向いていたバブル期とかぶっている気がする。つまり社会が明るい雰囲気だからこそ、アンダーな写真で「まだ暗い部分が残されている」ことを示すことに、写真の存在意義があったのではないか。
 

 ここしばらくの、ハイキー人気はまだ衰えていない気がするが、それは社会が暗いから、せめて明るい方を見ていたい、という社会的な心情を反映しているとも言えなくないので、まだしばらくハイキー人気は続くかもしれない。


 しかし、海外の個人が撮っている写真は、500pxでみるとハイキーな写真は、あまり見かけない。ポートレートで一部見かけることもあるが、たいてい標準的な露出だ。
 海外において、社会的心情を写真に反映させてきた歴史があるのか良く知らない。「Americans」は批評的だけれど、アンダーではなかったような。

世界各国で好景気なときにアンダーな写真が撮られていた写真集などがあれば、教えてください。

それとも、日本だけ撮られる写真事情が特殊なのかな?

 

おとなになるってどんなこと? (ちくまプリマ―新書)

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