読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

続けるために #2

写真 趣味 雑記

写真を趣味で7年やってきて、仕事でもそんなに長く続いたことがないのに、よく写真は続けられているなと思う。

でもよくよく考えてみると、カメラで写真を撮る行為には飽きていないけれど、撮っている被写体には2年くらいで「もういいや」と思うのを繰り返してきた。

 

写真を撮り始めた頃は、動物園で動物を撮ることに2年ほどハマった。次は、自分の部屋で切り花を買ってきて、花の写真を撮ることに2年。その後は、街を散歩して写真を撮ることがほとんどになった。

この夏は、横断歩道橋からの景色を撮ったら面白いんじゃないかと思ったり、かっこいい鉄塔と出会う機会が多くなったので、鉄塔巡りをしたりした。
しかし、早くも飽きてしまったような気がしていて、飽きるサイクルが早くなってしまったのかと思ったのだけれど、そういう訳でも無い気がしている。

 

横断歩道橋からの景色や、鉄塔の写真の出来不出来は、天気や周囲の景色に大きく左右されるけれど、自分の中の公式のようなもので、こうすれば良くなるという内容がつかめてしまって、それで早くに飽きてしまったのではないだろうか。
明日から使えるアイデアのようなお手軽なものは、使えなくなるのも早いというのをTwitterで読んだ記憶があるけれど、写真でも単純化しやすい被写体は、分かったと思えることが早く来てしまうのではないか。

川上量生が「コンテンツの秘密」で書いていことのひとつに、コンテンツを見る側は、分かりそうで分からないものに興味を引かれることがあげられていたけれど、コンテンツの作り手の方も、自分の中で分かりきったものを作り続けるというのは、飽きてしまって長く続けるのが難しいのかもしれない。

 

被写体には飽きるけど、写真を撮ることには飽きていない、ということが自分にとっては大事な気がする。まあ被写体にも飽きないのが、理想だとは思うけれど。
そこには、どうして写真を撮るのか?、それは他の表現方法ではダメなのか?、写真という表現で自分は何をみたいと思っているのか?など、すぐには答えられそうにない良い問いがあるのだと思う。

そして被写体が変わっても、それらに通底する何かがあることに、最近気付きつつあるような気がしている。