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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

旅行と写真

はてなハイクで「旅行は好きですか」というキーワードが出来た。何か書けそうだなと思いつつ、長文になりそうなので、ハイクには書かなかったし、ブログもしばらく書いていないので、ここで書いてみようと思う。

 

旅行は好きな気もするけれど、好きだったという過去形になっている気もする。
自分のしてきた旅行は、基本ひとり旅だ。といっても旅経験豊富、と言うわけではなくて、30歳を過ぎてから長期休暇に、自分の車を長時間運転して、温泉に入りに行くというのが基本だったと思う。
その頃はまだ旅行に行っても、行った先々で写真は撮るけれど、写真を撮るための旅行ではなく、車を運転して、どこかへ行くための旅行だった。

車を8時間も12時間も運転して、関東から東北へ行って、観光地を少し見て、温泉に入り、気持ちよくなって、また長時間運転で自分の部屋に帰ってくれば、疲れているというのが良かった。
そして東北は旅行に行っても、関東のような人混みまみれにならない混雑具合で済むのも良かった。
旅行で見識が増えるとか、行った先で友達が出来るとか、そういうことのない、自分なりの旅行に対する考えのない、非生産的で無駄なことをしていたのが、良かったのかもしれない。

 

しかし写真を撮るという趣味が本格的になってきたあたりで、旅行の目的が撮影になり、自分の写真に対する考えがコネられていく中で、自分の中の旅行が、ちょっとずつ変わっていった。
それは有名な観光地をまわるのではなく、もっと地元感あふれる、その地域ならではの場所に、出来るだけ長時間滞在して、そこで写真を撮りたいと思うようになったことだ。
有名な観光地は、ほとんどの人が写真を撮っているので、Googleで画像検索なり、ストリートビューを見れば、だいたいの雰囲気が分かってしまうから、あえて自分の写真を撮りに行く必然性が薄いのだと思う。

 

でも下調べできるのは、だいたいの雰囲気でしか無い。
たとえば札幌の時計台に憧れて行ったら、まわりの建物の雰囲気と時計台の雰囲気の違いに、想像していたのと雰囲気が違うということもあるかもしれない。
観光は下調べして、想像通りでも新鮮さはないし、思っていたのと違うのもがっかりしてしまうという、難しい場所なのではないかと思う。
それだったら、十分下調べしないか、ネットでは情報が十分ではないような場所へ、先入観無く行って、実際のその場の空気感を体験した方が面白いのではないか、と思う。
今のところ、私が旅行に行って新鮮さを感じるのは、観光地の饒舌なタクシー運転手に聞く地元情報だったり、観光地の空間の広さや狭さ、物のサイズ、場所に吸い寄せられる不思議さだ。そういうことは、私の腕では写真に写せない。

 

旅行に出かけて、写真を撮る理由は、思い出に残すためという面もあると思うけれど、日常生活にはない新しい被写体を期待している面もあると思う。そして、私は新しい被写体を見つけると、自分の最高傑作にしたいと思ってしまう。
しかし、そこには無理がある。自分の納得のいく写真が撮れるには、自分の写真のまぐれ当たりに期待するつもりが無いので、何度も同じ場所へ行って、撮ってみると言うことがないと、いい天気に恵まれてばかりでもないだろうし、少なくとも私には限界がある。

そうなってくると、旅行記としての写真ならいくらでも撮れるけれど、自分の納得のいく写真は、普段から何度も足を運べる場所で撮るのが、一番いいというところに落ち着く。その地域の写真は、その地域の写真家に任せておけばいい。いい写真を撮ることを重視すると、旅行に行く必要は無くなってしまう。

今、私に旅行に行きたい先はあるけれど、ふらりと旅行に行きたいと強く思わないのは、写真を撮ることへのこだわりすぎるからかもしれない。
一応その旅先「を」撮る、ではなく、その旅先「で」撮る、という意識はあるのだけれど、旅行に行くと力が入りすぎてしまうのかな。
そういうのは、経験不足から来るものかもしれないから、どこに旅行に行ったか分からなくなるくらい旅行に行って、写真を撮るべきなのかもしれない。