ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

やっぱり対面することから生まれるのかな

id:kurahate22 さんから言及を頂いた。

なにぶん言及される経験がないので、どういう返事を書けばいいのかも分からないのだけれど、私なりにお返事を書いてみようと思う。

 

kurahate22.hatenablog.com

 

誰かと話しをする場があればいいのにとよく思う。別に知り合いのカフェに行けばいいのだけれど、贅沢をいえば話したいテーマ、関心あるテーマをのびのび話し合えるようなところがいい。

 

私にとってそのカフェは、スナックのぼるかなぁと思った。しかし、のぼるの部屋なので、いつ行ってもいいという訳ではないのが、ちょっと難しいと感じてしまうところかもしれない。

そういう点で、カフェであれば、いつでも行けるという利点があっていいなと思う。

でもスナックのぼるは、大体月1で開催しているので、そういう場をスナックのぼる以外にも作っていけばいいのかもしれない。

 

アサダワタル

 

初めて聞きいた方です。図書館にも置いてあるようなので、ちょっと読んでみたいと思います。

あと自分の部屋を、そういう場にしてしまうという憧れのようなものはあるのですが、何をきっかけに人を集めればいいのかとか、細かいところがきになります。読んでみれば、そういうことも書いてあるのかな。

 

大体いつもその人の関心のあることを訊く。人は自分の好きなことに関しては妥協しないところがあって、その話しは面白い。


その人が情熱を傾けていることについて、話を聞くのは楽しいですね。

ただ友人と話していて思うことがあるのですが、情熱を傾けていること、例えば趣味の話になったときに、謙遜なのかもしれませんが、「自分は全然低レベルなので」という言葉で、話を切ってしまう人が、結構いる気がします。

別に相手がプロレベルの情熱を傾けていなくても、個人的に面白いと思っていることなら、そのことに興味すら持っていなかった私にとっては面白いことなのですが、もっと話をうまく持って行けたらな、と思います。

それとも関心があることは、趣味とは違うものなのでしょうか?私がいろんな人の趣味に興味があるだけかもしれないですね。

 

その場所にいることで、「何か」がおこるからこそ、そこは居場所たりうる。だから肝は「何か」がおこるということのほうであって、場所はその出来事を誘発する可能性を高める外枠の一つにすぎないと思う。

 

これは書かれればなるほどと思うことですが、実感としてそう思ってなかった部分です。


こういうことが、常に出来るわけでもないでしょうし、自分の負担が大きすぎるものは続かないでしょう。でもメンバーがそろえば、私は期待してしまう部分が出てきてしまいますね。

 

どこかにある場所に期待するのもいいけれど、いいバランスをもって、自分の無理の無い範囲で、小さく場を作っていくということ、なのかもしれないなと思いました。

ひとまず、参考にあげていただいた、本を読んでみたいと思います。ありがとうございました。