ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

2月某日

また今月ものぼる氏 ( id:Borom )の部屋に遊びにいった。今日はだらだら話がしたかったので、前もって連絡して時間を作ってもらった。

 

今月は、ほぼ引きこもりで過ごしたので、誰かとだらだら話がしたいと思ったのだけれど、誰でも良い訳ではない。

 

会うと決まってから「何を話そうか」と考え始めたのだけれど、「項目は…」という感じでポメラに書き出してみようとして、「会議をする訳じゃないんだ!」と、考えるのを止めた。学生時代、友人と会って話すのに理由なんて無かった。

それでもぼんやり思っていたのは、「もう『スナックのぼる』はやらないのか?」ということだ。

 

『スナックのぼる』は、私が関西に戻って来た2013年、のぼる氏の部屋で不定期に開催された、話すテーマがあるような、ないようなという内容をUstで放送する小さな「飲み会」だった。

私としては、横須賀に住んでいた時に通っていた、BARのような飲み友達との出会いが、関西でもつくれると楽しみにしていた。しかし2013年末には、のぼる氏の有耶無耶なコメントが続くようになり開催されなくなった。

 

そんな昔のことを忘れられないのは、関西に戻って以来、「新しい出会いが無いな」と思っているからだ。「誰でも友達になりますよ」と言えるほど自分は人間が出来ていないし、新しく出会う人と何を共通の話題にして良いのか分からなくなっている所もある。

理想としては新しく何かを作り始めようとする時に、「ちょっと思ってるんだけど…」という軽い話に、軽いフィードバックを対面でくれる人が欲しい。

それがのぼる氏に話した、「趣味を持っている人」だ。その趣味は私自身が得意と思っている写真じゃなくても良い。写真なら私がフィードバックを返しやすいだけだ。

楽器を弾く、絵を書く、文章を書く、そういう「自分の時間を使って、何かを作るという意思」を持っているということが、共通の認識を持って何かの出口を見るという瞬間を生むのだと思う。

 

のぼる氏に聞きたかったのは、『スナックのぼる』についてだったけれど、帰りの電車の中で思ったことは、細目ではなく、「あの場の空気感よかったな。」ということだ。

互いにSNSで言葉を交わしたり、ブログで言及したりすることは、いつでもできるけれど、ログを読んで文字列をやりとりするのではなく、言ったそばから消えてしまうもので、共通の認識があるということを確認できた、ということに「世界がはっきりと見える瞬間」があった。

 

この感覚があれば、まだ試せることがあると思える。そんな2月某日。