読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

見つかっていますか?

趣味

自分のブログを読んでもらえたブログを読んで、うれしかったので思ったことを書いてみる。
 


消費されることに全力を注ぐ意味 - borom’s diary


ネットで個人やグループがゲリラ戦で、やりたいことで生き延びて、勝ち続けているという感覚を持っていたとしても、全体の戦局としては撤退戦ということは起こり得る。
ネットで消費すること/されることを自分はやっているつもりでも、マスメディアの復権か、あるいは新しいメディアの登場によって、今後ネットが退潮してしまうことはありえると思う。
 
それでも個人ができることは、同人誌即売会の主催者のように損得勘定を抜きにしても、やりたいことがあるかどうか、やりたいことを積み重ね続けられるかどうか、だと思う。

 

でもそこに最初からプロ並みのレベルとか、崇高な理念が伴わなければならない、というのは違うだろう。
劣化版と呼ばれても、プロから見てウェブに踊らされていると思われても、書くこと、撮ること、演じることなど、自分がやりたい運動を通じて自分で考えるということは、五感で入力されてくる情報を得るだけよりも、自分の内面を知るとか、世界をはっきり認識するとか、深い気づきをもたらす可能性がある。
高いレベルの性能を出せるかどうかは、生まれつきの能力による部分が大きいと思うが、やりたいことをやる、というのは幸せになりたいからすることではないだろうか。
 
ポジティブ心理学の説によると、人間の幸福感は50%程度が遺伝によるもらしい。人間関係、お金、健康といった環境因子は、幸福感に大きな影響を与えるように思われがちだが実際には10%程度で、残りの40%は自分で積極的な行動を起こせるかどうかで決まるそうだ。
積極的な行動というのは、感謝の言葉を表したり、困っている人を助けるということで、成功するかどうかが問題ではなく、行動すること自体が幸せがらしい。
 
お金があれば、時間があれば、やりたいことがあると口にする人はよく見かける。位置エネルギーが低くて、低い運動エネルギーしか出せないときに、それが最大の原因であるように言うのかもしれない。
でも積極的な行動にでるだけで、幸福感の40%をコントロールできるようになるなら、やりたいことの位置エネルギーも積み上げられるのではないだろうか。
 
と、やりたいことがある前提で話を書いてきたが、あるやりたいことがあるというのは、楽しそうに見えるかもしれないけれど、他のやりたいことを見つける可能性を打ち捨てている。もうやりたいことの席が埋まっているのだ。使える時間も有限だ。
やりたいことがない人は、その席が空いている。いろいろ失敗したので、やりたいことの席が空いているのかもしれないけれど、その席を埋めるのは自分以外の作用もあるだろうけれど、自分からの行動も必要になる。

 
やりたいことがある人の熱運動を受けるというのは、楽しいことですよ。