ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

楽しいを維持するために

素振り練習が続いている、自分の写真生活なのだけれど、撮りたいと思っている場所に、頻繁にアクセスできないことが、何よりもフラストレーションだ。過去に、毎週被写体にこだわって撮っていた時期があるから、その比較で撮りたい被写体が撮れていない感覚になる。

 

今2つほど撮り続けたい場所はある。でもそこで自分が何を撮っているのか、よく分からない。だからこそ撮らないといけないのだけれど、頻繁に行けない。ストレス。
親と生活を共にするだけで、こんなに趣味が不自由になるのだから、家庭を持ち、子どもがいる人の、個人の自由が大きく損なわれるのは、想像を絶する。

 

根性論めいてましたね

この前、「楽しいことを続けるのが難しい」と書いて、その処方箋を根性論みたいなものでまとめたのは、根性で立ち向かえない人には、あまり意味のない話だったと思う。
生活に追われて時間を作れなくなることについては、個人差が大きいだろうから、これと明言するのは難しいけれど、時間を管理をすると少しは時間を捻出できると思う。タイムログをスマホで取ると、なかなか面白いですよ。

iTunes の App Store で配信中の iPhone、iPod touch、iPad 用 iライフログ

 

何にせよ今の趣味にこだわりたいという気持ちがあるから、私は写真を続けているのだろうし、根性という言葉でしがみついているのだろう。
根性という言葉を使うのをやめるなら、楽しさを維持するためには、思いつきのような新しいことを試すこと、寄り道することもそうかもしれない。

 

新しい物事を取り入れ続けること、知るという行為を続けること

お金のある人が、写真を続けるために、新しいレンズを買ったり、新発売のボディを買ったりするのは、写真という趣味を続けるための行動だと思う。

 

お金のない私が続けている、新しいことの取り入れ方は、読書。それも写真や、カメラのことが書かれている本ではなくて、どう生きるかとか、どうあるべきか、みたいな本。
たまにハッとさせられる本もあるけれど、最終的に写真に活かせるのかは分からない。
時々、歯の立たないような本もあるし、すぐ忘れてしまうので、何度も読み返すのだけれど、それもまた楽しい。

 

思いつきを試してみること

思いつきと言っても、程度がいろいろあると思うが、面白いかなと思えたことは、何かの「ついで」でいいから試してみた方が良い。

人に見せなければ、バカにされることもない。自分の直感で遊んでみて良いと思う。

ちょっと遊ぶだけなら、時間的にも、労力的にも大きな損失にはならないはずだ。

 

そういう意味で、写真は被写体に対して「あっ」と思うだけで、シャッターを切って、デジタルならすぐ画像が見られるフィードバックがある。その素早さが好きだ。フィルム写真の、忘れた頃に見るタイムカプセルのような写真も面白いけれど。

 

新しく始めることを早く決断して、早くやり始めること。6割くらいの完成度でできれば上出来くらいの感覚で、とにかく手をつけることだと思う。

 

そんなことは時間の無駄だ、と思ってしまうときは、生活のボタンをいろいろかけ間違えているというのが、個人の経験談なので、生活を見直した方が良いです。

 

待っていても、何もやってこない

私はいい歳の中年なのに、お金が無いし、人とも会わなくなってきて、新しい場所にも出かけられないし、どんどん自分の殻に閉じこもっていく感じがしている。
でも、何かがやってくるのを待っていても、やって来ないのだろうな、とは思う。現状で出来ることを淡々とやっていきたい。