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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

知好楽

何かを知っているというのは、それを好きだという境地に及ばない。しかしそれも、楽しんでいる境地の深さにはかなわない。
【これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず 『論語』雍也篇】

 

 

知っている
新しい趣味を始めるとき、知識を得ることが必要になる。それを勉強と呼ぶかもしれない。
自分で本を読んで勉強することもあるだろうし、誰かに教えてもらうこともあるだろう。何度も読み返したり、聞くのを繰り返したりして、最終的には深い気付き気を持って「知った」と言えると思う。
 
好き
趣味の場合、好きになるのは容易いと思う。でないと始められないだろう。
でも知識を得てやっているのは、やらされている感じがあるかもしれないが、好きは自分から動き出す感じがある。でも好きということは、同じ強度で嫌い、になることもあると思う。
 
楽しむ
楽しむことは、初心者なら初めてのことが楽しいだろうし、上級者はより深く探求することが楽しい、なのかなと思う。
趣味が楽しくないというときは、何かが上手くいっていないことが多いので、自分の趣味との接し方をよくみた方いいと思う。
 
「楽しみつづけること」は難しい
初めはその趣味をすることで、これから楽しくなるというイメージで頭がだろう膨らんでいるはずだ。
しかし3年くらいすると、続けられる/られない、がハッキリ分かれてくる。人生のステージが変わって、趣味の時間を持てなくなる、というのは良く見かける。でも単に興味を失ってしまうというのも、良く見かける。
 
興味を失ってしまう原因は、いろいろあると思うけれど、その趣味に思い描いていたイメージと自分の感覚が違う時に、気持ちが趣味から離れてしまいやすい気がする。
ある程度上達すれば、大きく上達することが難しくなり、同じようなことを繰り返すことになるとき、繰り返しに適性のある人、無い人がいる。
興味を失ってしまいそうな時は、きちんと休むか、料理の味付けを変えるようなことが必要なのではないか。
 
写真撮影ならデジタルだけでなく、フィルムで撮ってみるとか、一眼レフカメラでなくコンパクトカメラで撮ってみるとか手先のことを変えたり、ノルマとして1日100枚撮るとか、週に2日は撮るとか、思い切って違うテーマや思いつきに寄り道をしてみるなど、創意工夫が求められると思う。
自分の場合は、楽しくなくなって来た時は、とにかく立ち止まらずに1mだけ進んだら、また1mだけ進むということを繰り返して来た。正直、楽しめていない時もあった。でも、写真仲間が撮り続けるなら、自分も撮ろうと触発されていたのだと思う。インターネットのつながりが無かったら、とっくの昔に諦めていたかもしれない。
 
 
 
本当にダメだと思ったら、別の趣味の山を探せば良い。人生の時間は限られているけれど、他の山にだって楽しいことは待っているだろう。また出直しだけれど、上達を経験して来たのだから、きっと新しい山も登りやすいと思う。