ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

写真を向上させるために考えていること

自分の写真をなんとか向上させたいと思っているのだけれど、先生無しに一人で向上させるのは難しいのかな、という気持ちもある。
でも今の手持ちの道具や本で、何とかすることを諦めるのは、なんだか悔しい。お金があれば、写真が上手くなるわけではない。もちろん道具の良さや、お金の必要な場所で写真を撮れることが、撮れる写真に影響しない訳ではないけれど。
 
インスタグラムやフリッカーで、タグ付きの写真を見ることは、凡庸な写真の撮り方を知り、そこから逸脱した撮り方を考えるのには役立つ。それで上手い写真を撮れるようになると思う。
しかし、普通から逸脱した写真もウェブにアップして、皆が真似するようになれば、その逸脱も凡庸になってしまう。技術を高めることは必要だけれど、技術だけ追いかけてもイタチごっこになるだけのように思える。
 
そこで希望を託せるのは、撮る写真のテーマのような気がしいている。技術ではなく抽象的な話になるが、それゆえに一般化しにくく、個人的に撮れる写真を向上させてくれる事なのではないだろうか。
写真の表層は技術が覆っているのだと思う。写真の中身になるであろうテーマは、写真を使ってどのように表現するか、被写体を視覚的にどのように解釈するか、など言葉で語れる部分もある。
しかし基本的には個人の生き方や問題意識によるものになるだろうから、誰かが撮った写真の被写体を同じように配置するということはできても、その当人の撮った写真と全く同じ写真の意味を持ち得ないのだと思う。
 
自分の理想は、有名な、あるいは自分の好きな作風を真似た写真が撮れることがゴールではなく、誰でもない自分だから撮れたのだという、自分の作風を身につけたい、ということなのかもしれない。
そのためには、ポストカードになるような写真を撮るのもいいけれど、自分がどんなテーマを持って、写真を選んでいくのか、ということが要になりそうだ。自分にはテーマを考えることも、まだまだ途上だけれど。