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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

写真における承認欲求の安定/不安定

写真


何者にもなれなくて言動と承認欲求が不安定な人は - Togetterまとめ

 

僕は経験上、プログラムに比べて、絵や歌やダンスをでは承認欲求がエスカレートする傾向にある、と最初に言っていて、これは感覚的に同意する人がそれなりに居た。
 
安定する=欲求が満たされる、ではない。
 
絵や歌、ダンスで承認欲求がエスカレートしやすいという話を読んで、ブログはちょっとそういうところがあるなと思ったけれど、写真単体ではどうなのだろうか?と思った。
個人的な感想としては、写真における承認欲求がエスカレートする人をあまり見たことが無いように思う。
それは写真を撮る人と出会うのが、写真展か撮影会が多かったからかもしれない。
ウェブだけで出会っていたら、自分も不安定だったかもしれない。
 
*写真への参入障壁
写真は最初のうちは、シャッターを切れば写るという、判断と動作で明確な出力が得られるので、参入障壁が低い。
カメラを買う財力があれば、誰でも写真を撮る楽しさは味わえる。カメラにこだわりがなければ、携帯電話のカメラでも遊べてしまう。
 
*写真を見せること
自分で撮った写真を自分だけで楽しんでいる人は、ほとんどいないのではないだろうか。そういう人とは、そもそも出会う場がないだろう。
写真は情報共有のツールでもあるので、撮った写真は誰かに見せたくなるのだと思う。そこに承認欲求が生まれるのだけれど。
 
*写真教室における先生の位置
写真教室では、最初は褒められていたと思う。しかし褒められて終わりでなく、次に書く御苗場に参加したり、グループ展を企画して、次のステップが順番に見えて来ていたから、褒められるという価値があったのだと思う。
そして写真歴が長くなれば褒められるよりも、次にどうしたらいいのかというヒントだけが与えられるようになって行った。だから褒めてくれる先生に承認欲求を求めて依存するということが、薄かったのだと思う。
 
*写真展で写真を見せること
自分の展示を見に来てくれていたのは、同じ写真教室の人間であった事が多く、ファンになるというのはあるかもしれないけれど、写真を見て影響を受けた人が、触発されて写真を撮るというサイクルを見て来たし、自分もそうだったように思う。
ここでは、展示を見せる場合は承認欲求の度合いが高まるけれど、展示を見る場合は冷静さがある。見たり、見せたり、両方を経験することで、承認欲求は安定していたように思う。
 
*関東の御苗場で得られたもの
写真教室の母体会社が開いていたのが、御苗場という参加型写真展だった。年々規模が大きくなり、参加者も増えている。
何がいいかというと、写真を見るプロに見てもらえることもあるけれど、参加者同士で交流が自然発生したり、写真を見てくれた人に率直な意見を聞けたり、あと賞があるので自分の順位も割と明確に判る。賞がもらえなくても、参加者が2, 300人もいると、その中で自分はどのくらい出来ているか、というのは明らかになりやすい。
やる気になって参加すれば、得られるフィードバックは相当大きいと思う。
 
*ウェブで写真を見せること
写真教室や写真展に参加しなくとも、今はSNSやブログがあるので、色々な人に写真を見てもらう事だけは、簡単になった。
写真を観たリアクションは、はてなだったら、はてなスターがあるし、コメントも残せる(コメントまでする人は少ないが)他のウェブサービスでも、見たり読んだリアクションを送る方法は標準的に備わっている事が多い。
しかしインスタグラムのように、参加している人がほぼ全員写真を撮るというサービスを除いて、ブログ等では、自分は写真を撮らず見るだけの人も多いので、見た人が触発されて、リアクションが返ってくるという事は、場合によるとしか言えない。
 
そういう一方向さがある場合は、作者とユーザーが近づきすぎることはあるかもしれない。
ウェブ上で自分のファンとやり取りしているだけでは、世の中での自分の位置が見えづらい。見えるのが、自分の使っているウェブサービスのTLに依存しがちになるからだ。
特定のサービスで人気があること自体は悪くないのだけれど、人気が高いからといって、その質が高いとは限らない。世界中で人気のある食事できる場所は?と聞かれれば、多分マクドナルドになる。でも、マクドナルドが世界最高のレストランでないことは、明らかだと思う。
 
個人的には、やはり写真教室に通うか、グループ展に参加してみることを、経験しておくと、写真における承認欲求とうまく付き合いやすくなると思う。
 
 *写真の勉強会?
写真関連で勉強会と聞いたことがあるのは、写真集を読む会くらいだ。でも、人の集まりやすい東京くらいでしか、開催していないように思う。
 
写真で読書会よりも普遍的なのは、撮影会かもしれない。参加した経験はあまりないが、少し技術的なことを教わって、みんなで撮り歩きましょうというものだった。
撮影会で講評があることはなかった。やれなくはないのだろうけれど、毎回人数が多かったので、やりだすと大変だからかもしれない。
撮影会の後の、写真を見せ合う飲み会は楽しかったな。撮影会は、知らない者同士のオフ会に近いのかもしれないけれど、お互いの技術力は判るし、教え教えられ、という立場をわきまえていれば、承認欲求はそこまで強くならないのではないだろうか。
 
*余談
関西では写真を撮る知り合いが少ないので、自主開催で良いから撮影会を企画してみたいのだけれど、自分が撮った写真をみんなで見られるモバイルPCか、タブレットを持っていないので、なかなか自分の腰が上がらない。やりたいんですけどね。