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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

創作するかどうかへの返事

趣味


自分が創作すればいいのか否かわからなくて辛い。

 

金持ちの生まれじゃない俺には、やっぱりセンスが無いように思える。

今まで積み上げてきたものもない。

仮にこれから人生で本気で何かを創作しても、友達がいいねしてくれるくらいに終わりそうだ。

どうすればいいのかわからない。

 

封印しても、あきらめが付かない気持ちならば、どんなジャンルの創作をするにしても、まず初心者なりに10作くらい創作して完成させるしか、他にその気持ちを解消する手段が無いと思う。
センスがあるとか、ないということは、創ったものに対しては、何がしかのコメントをすることはできても、「創作、いいなぁ」と思っている気持ちに対しては、「興味があるなら、やってみたら?」としか言えない。

確かに親の文化的資産や、資質によって、子ども時代に受けられる教育の程度は、大きく違っていると思う。
しかし、それは養育してもらう子どもの立場での話であって、25歳で標準的な人生を送っていれば、親に当てはめられた人生観を、出て行く自由は自分で決められるのではないか。増田さんは、それに気づけていないのでは?

自分のやりたいこと、面白いと思えることを始めるのに、遅いということはない。

ここで注意が必要なのは、小説家になりたいとか、作曲家になりたいという言葉に、重点を置きすぎないことだと思う。同世代のトップクリエイターをみて、その華やかさばかりに見とれていては、その業界に飛び込んだ時のギャップ、例えば仕事の拘束時間が長いとか、仕事に途方も無い体力が必要だとか、そういうことで折角のチャンスから気持ちが乖離するか、ブラックな場所で搾取されてしまうのではないか。
大事なのは、例えば小説家なら、どういう文章を書く人になりたいか、ということだと思う。正確な文章を書きたいなら新聞記者を目指した方が良いかもしれないし、読みやすい文章を考えたいなら編集者の方が向いているかもしれない。これしかない、という狭量さは悪手だと思う。
例に挙げたのは、想像だから内容的には的外れかもしれないけれど、肩書きに憧れるより、その肩書きで何を世界にもたらしたいと思っているか、ということが重要だろう。

そして友達のいいね!のような小さな輪からしか、創作は始まらない。いきなり有名になるより、コツコツと輪を広げてゆけるのが、自由な創作を楽しめる基本だと思う。

どこまで大きくなれるかは、続けないと分からないだろう。