ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

クリスマスを独りで過ごす人へ

クリスマスやバレンタイン、カップルで過ごすイベントの日が来ると、恨み節を唱える人が絶えない、と思うツイッタランド。
昔は自分にも独りで過ごす時に、そういう気持ちもあったと思います。でも、今も独りの自分にとって、恨み節はあまり感じなくなって来ました。
環境を破壊するでもなく、犯罪を犯す訳でもなく、楽しい思いをする人が増えることは、社会全体で見れば、良いサイクルを産んでいくと思うになったからかもしれません。
独りは大きなモノに回収されない
標準的なカップルだったら、休みの日のデートでイベントに参加したり、カフェでまったりしたりしているのではないだろうか、と想像します。
いろいろな場所に出て行くカップルがいると、それだけお金を落としてくれる人がいるということ。
お金をたくさん持っているのはシニアでしょうけれど、若い人のそういう経済活動が無いと、世の中が回らない仕組みなんだと思うのです。まあ現に、ワカモノが消費しなくて困る、という話は良く目にするようになりましたよね。
カップルがたくさんいた方が、儲かる会社がたくさんあるから、カップルが増えるような宣伝で、世の中の人たちを洗脳している、というのは斜に構え過ぎかもしれないけれど、でも大抵の会社はとにかく儲けたいと考えているはず、そういう視点が身についたのが1つあります。
 
自分の楽しいことに没頭できる
もう1つは、街中を歩けばカップルばかりで、独りの自分が辛い、なんていう感じなのかなと想像します、それ以外は私に想像できないのですが。
「幸せそう」という期待を持ってカップルを見ているうちは、自分が持っていないことをうらやむ気持ちが高まるかもしれませんが、そこには実際に持っていることへの苦労があるという視点が、少なく見積もられていませんか?
誰かと過ごせることを楽しそうと思うのは、人間の本能だと思いますが、独りでできる楽しいこともあるはずで、それを楽しいと思わないのは、周りの目を気にし過ぎなのではないでしょうか。
未だに、家族や周囲の目線が厳しいという時代や地域は残っているかもしれません。でも独りでできる楽しいと思うことを手放さずに、大事にしていれば、かけがえのないものになると思うのですが、どうでしょう?
自分だけの時間は、カップルの人より作れるはずですから、土作りから始めてトマトを栽培するような、長い時間がかかるという覚悟をして、自分の楽しいことを作ってみては?
私は写真を趣味にしていますが、撮影は基本的に独りです。しかし、独りでいるから、自由に好きなだけ、満足するまで写真に没頭できます。カップルで撮影に出かけたら、相手のことも考えて撮影は程々にしないと、と思うかもしれません。そんなことを思うようになったのが、もう1つの視点です。
 
 
諦めきれない人は、こんな文章を読んでもあきらめがつかないでしょう。
でも大きな金儲けの輪に取り込まれず、独りでいられる気楽さみたいなものは、独りで十二分に楽しんでおかないと、損ですよ?と私は思うのです。