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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

運と仲良くしていますか?

写真撮影には運が必要、と思う部分「も」ある。
写真撮影において運に頼る比率の大小は、大きいほど初心者に近いと思う。最初は被写体やカメラの設定などの要素がよく分からなくて、全てが運頼みになりやすいからだと思う。
 
初心者のうちは、何故かいろんなことが上手く行った、ラッキーパンチな写真が撮れることがある。当然嬉しくなるし、それをきっかけに写真にはまることもあると思う。
でもラッキーパンチは、年に一度のクリスマスプレゼントのようなもので、それに満足してしまっては、写真撮影は上手くなれないと思う。
 
上手くなりたいと思うなら運に任せている比率を、自分でコントロールできることの比率に変えていって、徐々に自分の写真の平均点を上げていくことにシフトするべきだと思う。
 
じゃあ上手くなるにはどうするか、というと答えはラッキーパンチな写真の中にある。
その写真を撮った時のカメラの設定はどうだったか。晴れだった?曇りだった?光はどちらから射していた?何時くらいの光だった?
もう一度その写真を撮るにはどうしたらいい?あるいは、もっと良く撮るとしたらどうする?
 
でも、ある程度写真撮影が上手くなっても、運任せでなく、運を楽しみたい写真と言うのもある。
例えば私の撮った写真。とても面白いとは思っていないが、運を楽しむということはしたつもりだ。
 


洗い流すの - As with a bicycle, Koide Mawaru


広い海のどこを狙えば、面白い波の形になりそうか。これは岩が出ているところを狙って撮っている。波の形も何度もシャッターを切って、こういう感じになりそう、というところまではイメージしている。カラーで撮って、モノクロにすることも、ある程度はイメージしている。このくらいまでは、自分でコントロールできること。
でも高さのある波は待つしかない。波が岩を洗い流す瞬間も、高速シャッターを使っても、波が岩に当たってどのくらいの形、高さになるかは分からない。これは運に任せるしかない。

でもそれで、どんな波の形になるのか、運を楽しんでいるという写真。

自分のコントロールできる比率を上げるのは、自分の写真の平均点を上げることに必要だけれど、完全に運とさようならしてしまうのも味気ないかな、と思う。

あなたは、どのくらい運と仲良くしていますか。