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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

先回りはどうしてますか?

雑記

毎日日記を付けているのだけれど、日記を入力するガジェットによって、出来上がる文章の印象がずいぶん変わることに気付いた。今更かよ、という話かもしれないけれど。
 
普段はPCで日記を書いているが、PCから離れたときはiPhoneで日記のメモを付けているのだけれど、メモを書いている時もなにか不自由だし、PCの前に戻ってきて作ったメモを編集する時も、違和感を感じることが多く、途中で嫌気がさして「これも自分の文章の味のうち」と思い、そのまま日記を公開してしまうことも多い。
 
ところが、最近はPCで文章を書くことにも、違和感を感じるようになってきた。こんなことを考えるのも、暇すぎて感覚がおかしくなってきたのかと思ったのだけれど、少なくとも1つは明確に原因が分かった。それは予測変換だろうと。今更かもしれないけれど。
 
iPhoneで文章を書く時に、予測変換で出てくる言葉を多用すると、自分のこれまで使った言葉の履歴を考慮した文章なので、読めなくはないけれど、書いている気持ちと予測変換された文章の間に、微妙なズレが発生しているのだと思う。このズレのある文章をPCで編集しようとしても、ズレを根本的に修正できず、違和感を感じていたのではないだろうか。
予測変換の候補を拒否することも出来るが、そうし続けるのは、微かなストレスを積み重ねていくようで、PCなら「機能オフ」するしか無い気がする。ちなみにiPhoneだと辞書をリセットするしか無い。
 
予測変換が先回りして書き出してくれるのは、長い固有名詞や長い定型句では便利かもしれないが、予測変換に頼り切ってしまえば、文章が定型化されて、文章を書く能力が向上してゆく、日々の小さな積み重ねが無くなってしまうことになりはしないだろうか。
 
誰もが文章を書く時に小説家や詩人になる必要は無いし、定型句で済ませられるコミュニケーションが全く無くなってしまったら、気の休まるコミュニケーションがなくなってしまうかもしれない。
しかしSNSなどで様々なコンテンツを、「いいね!」だけとまでいかなくとも、定型句で済ませるだけのコミュニケーションで溢れかえらせてしまうなら、ビッグデータビジネスで大きなプラットフォームを持っているところだけが、Webのコンテンツもコミュニケーションも握った、つまらないWebになってしまうのではないか、というのは暇人の妄想だけであってほしい。