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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

褒められるだけ、ではない頑張りの考え方

最初に。
増田を読んで、思いつくままに書きなぐったので、私にしては長文です。覚悟してくださいね〜。

褒められたいって思っちゃ駄目なのか?

 


パッと読んだ時に、増田の創作系の話だと思ったので、私が趣味としている写真に置き換えて、自分の経験と知識をもとに書いてみた。追記で出てきた、家庭や育児などの生活だと、少し苦しい部分があるかもしれない。

駄目ではないが、褒められることを求めて創作物を作るのは、後々その創作を続けていく中で、道を間違えてしまう気がする。
創作物を作るのは、自分の内発的な創りたいという、感覚のうねりのようなものから、創りだされるものだと思う。
褒められるために創作するのは、学生がテストでいい点を取って褒めてもらうために、勉強するようなものだと思う。
学生のうちはそれでもいいけれど、社会人になったらそういうのは卒業しないといけなくなる。褒めてくれる人が、ほとんどいなくなってしまうから。お互いに尊敬していないと、簡単に褒めるのは難しいだろう。
だから創作を続けてゆくエナジーは、他人から褒めてもらうことを源にするのでなく、自分から溢れ出るエナジーで生みだしてゆくべきだと思う。 


独りで作っているうちは、批評に晒されない。自分の作った創作物の価値観が、世の中でどのくらい通用するのか試したくなってきたら、世間に差し出してみれば良い。
でも出せば誰だって批評される。どんなにいい創作物でも、見る人の好みは十人十色だから、全員に好印象で褒められることなんて絶対ない。私の写真の場合は、100人に見てもらえて10人に分かってもらえれば、良く伝わった方だと思っている。
 
そして創作物を見てもらう相手も、初心者の内はこちらから選ばないといけない。ネットみたいに誰でもいいから、見て批評してもらうのは、あなたのためにならない。それは、あなたの創作物をより良いものにするために、かなり注意深くなるべきところだ。
では誰に見てもらうのが良いかというと、写真の場合は、写真教室の先生がいい。なぜならある程度長い期間あなたと対面で付き合いができるので、頭ごなしに批評されることは、まずないだろうから。対面でというのも重要で、先生が出来た人間なら、あなたとの関係性の中で、あなたの性格や人間性を考慮して、コメントをしてくれるはずだ。
 
しかし、写真の先生も誰でも言い訳ではない。ダメ出しであなたを指導する先生は、レベルが低い先生なので止めた方が良い。ダメ出しというのは、先生が一番楽な方法で教育する方法だ、という意味でレベルが低いのである。そして、あなたを画一的な型にはめて来る先生も良くない。古典芸能など、全てが決まっているようなことでは話が違うが、写真の場合、ある程度あなたの個性を活かすことを考えてくれる先生の方が、あなたも楽しいだろう。
ダメ出しで教育できると思っているのは、日本の教育で減点方式を取っているからでは無いだろうか。ここが駄目、そこが駄目、言うのは容易い。人によっては細かい調整がしやすいと思うかもしれない。
でも、そういうダメ出しで教育することは、先生の思う水準の型に押込められることになる。酷い先生は、生徒を自分の劣化コピーにしてしまうだろう。

レベルの高い先生は、あなたの写真を見て、例え先生の好みでなくても、あなたの方向性を考えてくれる。あなたが独り立ちできることを後押ししてくれる。付き合いが長くなれば、あなたの性格も人間性も考慮して、褒めてくれる、から、あなたがより良い写真を撮れるようになるヒントを出してくれるようになる。あくまでもヒント、後は自分で考えてね、という形。
自分で考えるということに慣れていかないと、あなたは先生から独り立ち出来ないだろう。つまり独りで創作を続けられない人になってしまう。
こういう教育を受けると、自然と自分が誰かの創作物にコメントを寄せる時も、下手なりに無意識に教わった方向性の見方を出来るようになるのではないかと思う。

でも自分の分野じゃないことに関しては、あなたがある分野で上級者であっても、無力だと思った方が良い。デザイナーとひとくくりで呼ばれる人たちの中にも、色々な業種がある。建築デザイナーが服飾のデザインをすることは、エッセンスを語ることは出来ても、良く出来たコメントは難しいのではないだろうか。
 
ネットで批評を受けることは、止めておいた方が良い。あなたの創作を長期的にフォローしてくれる人は、まずいないと思った方が良い。関係が続いている気がしても、ある日スパッとさよならになってしまうことも多い。簡単に批評を受ける方法は、簡単にできることで返されてしまうことがほとんどだと思う。つまりダメ出しになってしまうのかな。
所詮ネットの付き合いでしかないなかで、互いに顔が見えないので、あなたの感情も深くはくんでくれないだろうし、あなたと長い付き合いが無いなかで、あなたの個性まで考えてくれる親切さは、期待するべきではない。人間性を文字やwebにアップできるものだけで読み解ける人も、希有だと思った方が良い。
それはTwitterである発言が炎上してしまうのに似ている。炎上コメントの元を辿れば、誤解があったり、どんな人間か少しでも分かりそうだが、そこまでする人は中々いないだろうから。
 
しかし地理的にリアルで批評を受けるのが難しい場合、ネットで批評を受ける以外の選択肢がないこともあるだろう。匿名なら「はてなハイク」とか「note」とか、ある程度柔和な雰囲気で楽しめる雰囲気があるコミュニティーを選ぶ必要があると思う。大事なのは、おはようの挨拶をして、他の楽しんでいる人の楽しさに混ぜてもらって、自分の創作を楽しむこと。コンスタントに、自分の創作物をコミュニティーにポストすることだと思う。

リアルで顔を合わせていても批評をしてくる人にも、あなたをいい方向に導こうと考えてくれる、二人三脚であなたのことを考えてくれる人はメチャクチャすくない。アマチュア写真の業界でも。接触している時間が、写真教室の先生よりは少ないからかもしれない。
批評する人は、教えるプロ(先生)ではないことが多いから、批評家の言うことが全て正しいと思わないようにした方が良い。批評家が言ってくることは、業界的に一定の正しさがあるけれど、あなたがそれを受け止めて、その通りに方向転換する必要はない。自分が納得できないことは、受け止める必要はない、スルーで良い。
批評家も経験や知識から来る瞬発力でコメントしているだけなので、誰に何を言ったかなんて、よっぽど褒めることがない限り、すぐ忘れてしまうだろう。でもそれを一旦でも受ける強いハートは必要になるだろうけれど。パワハラやモラハラだなんて、そう簡単に言えないしね。悔しいけど。
でも辛かったとしたら、それを受けたあなたが、悪しき慣習を断って、お互いに褒め合える世界を小さく始めてゆけば良いと思う。私が出来るのはそれくらいだと思う。
 
でもたまに聞くのは写真展なんかをやっていると、勝手に押し掛けて来る批評家がいるらしい。そして女子が被害に遭う。「あなたの作風は◯◯に似ているが、◯◯は見ているのか?見てないの!?駄目だなぁ〜」みたいなの。女性がそういう場に出る時は、そういうことを事前に心づもりした方が良いと思う。

褒められるたい、ということは、あなたが下手で、あたなを褒める人が上手になることだと思う。初心者のうちはしょうがないかもしれないけれど、そういう立場が発生してしまう関係は、いい先生とあなた、だけにしておいた方が良いと思う。そして、先生とも対等に渡り合える横の関係が出来るといいですね。

と、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。
自分の中にある、創作を妨げるものに対する怒りみたいなものが、力になって書いたので、乱文ですし、かなり上から目線だと思います。お気分を害されたら、もうし訳ありませんでした。