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ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

2016下半期ふりかえり(買ったもの編)

 贅沢をしなければ、自立した生活ができるようになった2016年下半期。何の制約もない生活をしているが、次のことを考えるために、時期的に早いけれど、個人的な振り返りを書いておこう。


動画関連

スマホ

 一番大きな買い物。5年ほど使った古いスマホを、まだしばらく使い続けてもいいと思っていたが、手振れ補正の効いた、散歩動画を撮りたいと考え、思い切って購入。
 結果としては、ボチボチ動画を撮るようになった。今後も動画を撮って、YouTubeにアップしていきたい。

boundaryline - YouTube


Vegas

 ソニーの動画編集ソフト。アドビのプレミアを買うか悩んだが、売り出しセールで格安だったので、こちらを購入。
 まだまだ使いこなせていないけれど、徐々に慣れていくはず。ただ、アプリがよく落ちるのは、事前の情報収集では分からなかった。まあソフトの動作条件を満たしていないPCで動かしているのもあると思う。

Movie Studio 13 Platinum 半額キャンペーン版 ガイドブック付き

Movie Studio 13 Suite 半額キャンペーン版 ガイドブック付き

Vegas Pro 13 半額キャンペーン版|ダウンロード版


スマホホルダーとグリップ

 散歩動画を撮るために購入。高価なものではないけれど、動画撮影が楽。買っといてよかった。

Velbon 三脚アクセサリー スマートフォンホルダー 392794

Kenko カメラ用アクセサリ 握 ボトムグリップII ブラック

 

写真関連

ワイコン

 X100のワイコン。中古で購入。広角レンズで撮る心地よさは、なかなか素敵。路上スナップは、これなしでは撮れなくなった。

FUJIFILM ワイドコンバージョンレンズ X100専用 シルバー F WCL-X100S


フィルター

 X100を使った、スローシャッターで撮影するために、ND400とND16を購入。使いどころは難しいが、ここぞという場面で使って、効果が出るとかなりうれしい。もっとスローシャッターで撮れるようになりたい。


三脚

 X100でスローシャッター撮影するために購入。軽くてコンパクト。常にかばんに入れて散歩に出ている。

Velbon 三脚 ウルトラロック ULTREK UT-43Q 6段 小型 自由雲台付 コマ止め方式 クイックシュー対応 324740


音楽関連

Spotify

 常に音楽を聴くので、使い始めたサービス。作業BGMとしてもいいセットリストがあるし、散歩中にもずっと聴いている。日本の楽曲は少ないので、自分の好きな音楽へのこだわりが強いと、不満があるかもしれないが、新しい音楽がリストにどんどん入っていくのは、楽しい。

https://www.spotify.com/jp/


BT骨伝導ヘッドフォン

 主に散歩に行くときに、普通のヘッドフォンでは帽子が被れないし、首にコードがかかるタイプは、カメラのストラップと干渉してしまい、わずらわしい。これはそういう不具合がなく、以前所有していた有線の骨伝導ヘッドフォンよりも、音質が良くなった気がする。

【PowerRider】骨伝導 ヘッドホン Bluetooth4.1運動 ヘッドセット 高音質 ハンズフリー CVCノイズキャンセリング搭載 ワイヤレス 防汗 スポーツイヤホン 耳フリー ,白

 

執筆関係

スクリブナー

 「掘削日和」を執筆するために購入。何万字も書くような場合に向いているアプリ。正直使いこなせていないが、買い切りのアプリなので、今後のための投資かな。

Literature and Latte - Scrivener Writing Software | macOS | Windows | iOS

 

今後買いたいもの

カメラスライダー

 動画撮影で安定した撮影をするために欲しい。

Pergear 伸縮可能 ビデオトラック スライダー ?Dolly?安定システム デジタル一眼レフ/ビデオ/カメラ/ビデオカメラ キヤノンCanonニコンNikon用 (360°回転流体三脚雲台付き)


アクションカム

 自転車に載せて、動画撮影がしたい。

ソニー デジタルHDビデオカメラレコーダー「HDR-AS300」アクションカム HDR-AS300

 

Studio One

 音楽をDAWソフト。VSTプラグインを使いたいので、有料版を購入したい。

PreSonus プリソーナス 音楽制作ソフト "Studio One 3 Artist日本語版 (USB edition)

 

おわりに

 お財布に余裕ができる見込みはないから、入ってくるお金を、うまくやりくりしていきたい。足るを知るということも、重視して。
 制限があるからこそ、その中で工夫して、誰かに楽しんでもらえるものを作っていけるところに、跳躍があるはず。

重さを考えて

 最近、ツイッターを眺めている時間がかなり長くなっていて、下手をすると1日中TweetdeckでTLを追いかけていたりする。Twitterはニュースフィードと考えて、TLを追いかけていたのだけれど、それにしては時間を重点的に使いすぎていて、他のこと、書いたり、写真を撮ることが億劫になっている気がする。

 Twitterは即時性が大切だと思っていることが、TLに張り付かせているようにも思う。友人の間で、ネタがワッと盛り上がるとき、そこに参加していたいと思わせるようになっている。でもさすがに、1日中TLを眺めているのも、時間の使い方としてどうなのか?ということを考え始めた。

 

 今日は久しぶりに考えながら書くので、まとまらなくて長い話になります。

 

 1日の大半の時間をかけてTLを追っている割には、自分の利になっていることが少ないともいえるのだけれど、そういう社会的な利益の問題として考えるのは、好きじゃない視点なので、別の視点で考えよう。

 となると自分発信の情報が、どの程度の人数に、どのくらいの深さで伝えられているか、という数値化しづらいことになるのかな?まあ、これも自分の社会的利益の一部のような。

 もうちょっと付け加えると、自分が大事にしたい人が、ウェブのどこに、どれだけいるか、ということを考えて、時間配分するべきなのではないか、ということ。

 

 ツイッターは自分の使っているウェブサービスで一番フォロワーが多いから、影響力も大きいと考えることもできるけれど、本当にそうだろうか?

 同人誌の宣伝はリツイートで拡散してもらえる可能性があるので、向いていると思うけれど、生活のあれこれみたいなささやかなことを書いてみても、それについての反応はほとんどない。これまでもしょうもないことを、膨大な時間をかけてつぶやき、TLを追いかけてきたけれど、それに対する反応はすさまじく薄いと感じている。アナリティクスの数字を見ていても、誰かに伝わっている感じがしない。

 そしてSNSでは、個人の情報発信にイチイチ反応しないというスタンスでいる人は、以前よりはるかに増えたという感覚もある。SNSは見ているけど、面白かったり気に入っても、ファボなどをせずに無反応を貫いて、顔を合わせたときに、「あの時、あんなこと言ってたね。」みたいなことを言われるような。ネット上で、人間関係を可視化されるのを嫌がっているのかもしれないけど、これは単に私が嫌われ者なのかもしれない。まあいいけど。

 このブログでも、ツイッターは壁打ちテニスか、壁キャッチボールのようなものだと書いた記憶があるけれど、それでもツイッターでつぶやいてきたのは、それはしょうがなくて、自分で自分を楽しめればいいか、という理由だった。

 でもそれって、本当にしょうがないのかな?ツイッター以外の場所では、また違うんじゃない?そういうことを考えて、ウェブを利用する時間配分をした方が、いいんじゃない?

 それはSNSって、思ってるほど面白くなくなってきた、ということもあるのかもしれないけど。

 

 自分の作った同人誌にお金を払ってくれる人がいたり、自分の発信する情報を、ツイッターのフォロワーよりは人数は少ない場所だけれど、深く楽しんでくれている人がいると最近感じるようになった。

 これまでツイッターを自分の情報発信のハブのように感じ、できるだけブログもインスタも、ツイッターに流すことで反応が増えていたし、いいことだと思っていた。しかし、ここ半月くらいツイッターに流すことを止めてみて、その影響力は微々たるものだと感じるようになった。ツイッターに流すことで、ついでに見てくれる人はいるけれど、あくまでも「ついで」なのかなと。

 そうなると、ツイッターからの経由が無くなって、まんべんなく深く楽しんでくれる受け手には不便だとおもうけれど、、ウェブサービスのそれぞれの場所を、それぞれの受けての人に向けて、閉じた形でやっていくことが、いいことのように思える。その方が、より深く届いたという感覚になってきた。

 もちろん深く届いた、なんていうことは、私の錯覚かもしれない、数値化もできない。でも「毎回楽しみにしてます」ということを言われたり、そういうスタンスで反応が返ってきているのを見ると、ものすごい錯覚という訳でも無いと思う。

 となると、やっぱり深く伝わっていると感じる場所への時間配分は、やはりツイッターよりも多く配分すべきだという結論になるのではないか。

 これは何かを伝えることをマネタイズして、そこから生活するお金をいただく場合には、やはり受け手の数が重要になるけれど、自分がやろうとしていることで、お金をいただくことを重点化するつもりはないし、やっぱり数の問題ではなく深く伝わることを重視していいと思う。

 

 ただしツイッターへの時間配分を減らすと、写真を撮ったり、文章を書く時間が増えるという単純なことでもない。子どもがゲームをする時間を減らしたら、勉強するかと言ったら、そうでもないように。

 でも人間の1日は24時間しかないし、1日のうちで集中できる時間は数時間と限られていて、この集中できる時間を活かせるかどうかは、集中していない時間をどう過ごすかにかかっていることを、以前タイムログを取って覚えている。

 取ったタイムログは、だいたい負の相関で、例えば集中して写真を撮る時間が増えれば、集中して文章を書く時間は減る。唯一正の相関があったのは、軽く運動する時間を増やすと、読書する時間が増えるだけだった。1日24時間という物理的な制約からは逃げられない。

 

 またツイッターを眺めている時間は、低いエナジー投入量で、たまに笑えるネタが流れてくるような、ローリスクローリターン。もしそれをブログのネタに活かすようなことを考えているなら別だろうけど、自分はそれをするつもりはない。

 だらだらするツイッターへの時間配分が増えれば、ローリターンなので、TLを眺めることからエナジーが十分回収できず、1日に使えるエナジーの投入と回収のバランスが崩れてしまうことになる。つまり、集中しない時間の過ごし方も、ダラダラとメリハリのない悪循環になる可能性が高い。

 

 結局、自分の時間を使って何がやりたいのかということになってくる。自分の場合は、自分の創るものを楽しんでもらえるように、生活習慣を整えて集中できる時間を確保し、深く受け取ってもらえるウェブサービスにも、時間配分すること。

 ここまでツイッターがまるで悪者のように書いてきたけれど、ツイッターでこそ花開く人もいる。私がツイッターで、誰かを楽しませる力がないだけなんだ。

漂流から標を探して

 自分は何がしたいんだろうかと、ぼんやり考えるようになった。そういえば、今自分が一番撮りたい被写体はなんだろう。路上スナップも撮っていきたいとは思っているけれど、動物写真に戻りたい気もしていて、よくわからない。
 一番を決める必要はないのかもしれない。でも決めたら楽だ、後はそこに集中して時間を投下していけばいい。ただ本質は、撮りたい写真のジャンルを決めることだろうか。
 写真や動画を撮ったり、文章を書いたりするのは、手段であって目的ではない。自分がやりたいことは何だろう。
 
 アメリカの大統領が変わって、これから世の中の流れが大きく変わるかもしれない。そういう中で、自分のやりたいことの軸を定めて、この流れに流されないようにする。そういう志はカッコいいなと思う反面、潮流に負けない強さを持ってひとりで、あるいは少数のグループで生きるというのは、世界から分断された空間でなければできない。
 そしてその潮流に負けないという姿勢で生きてきた人たちと、そうでない人たちの差が、大統領選挙の結果だったのだと思う。もう既にアメリカは大きく分断されていた。貧富の格差、教育の格差の結果だろうか。そんなに単純じゃないかもしれないけど。
 ならば、さらに流れに逆らって、自分の快適な集団をより強化することが大事なのだろうか?それは逆効果じゃないだろうか?
 
 と書いてみたものの、自分のやりたいことは、世の中を変えるような大きなことではない。
 
自分にできることは
  1. 前向きに生きていくこと。
  2. 興味を持つことへの偏愛を、よりとがらせること。
  3. 結果をたくさん生み出していくこと。
  4. 自分が生み出したものを楽しんでくれる人が、どこかにはいると信じること。
  5. 体力をつけること。
  6. 新しいことにチャレンジして、吸収していく勉強をすること。
  7. だらだらできる余力を持つこと。
  8. いろいろなコミュニティに、ちょっとずつ参加しておくこと。
 
 自分のやりたい、目指したい標は、自分と同じ世界線にいる隣の人も、前向きになれるようなものを作りたいと、ぼんやり思う。
 今の自分に載っている、そういう責任は小さいけれど、でももうすでにあると感じる。