ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

11月の読了

『世界のエリートが実践している 目のつけどころ ものの考え方』相川秀希
『恋愛迷子に贈る しあわせのコンパス』ANNA
『小商いのはじめかた:身の丈に合った小さな商いを自分ではじめるための本』伊藤洋志
『戦略の本質』野中郁次郎
『「孫子の兵法」がわかる本』守屋洋
『科学がつきとめた「運のいい人」』中野信子
『サバイバーズ・クラブ』ベン・シャーウッド
『良い戦略・悪い戦略』リチャード・P・ルメルト
『美しいアンティーク生物画の本:クラゲ・ウニ・ヒトデ篇』山田英春
『この方法で生きのびよ! 沈む船から脱出できる5つのルール』鈴木博毅
『古代から現代まで2時間で学ぶ 戦略の教室』鈴木博毅

 

『恋愛迷子に贈る しあわせのコンパス』

恋愛迷子に贈る しあわせのコンパス

 女性向けの恋愛相談本だが、読みどころが多かった。本書では、恋愛で陥りがちなパターンを8つほどあげて、分かりやすくポイントを絞った対策があげられている。

 私たちは人間なので、人間には無限の行動パターンがあると思いたいという気持ちもわかるが、私は人間と言うのはある程度の性格分類が可能な生き物なのではないかと思っている。もちろん血液型占ほどに単純ではないと思うが。

 この本も、これは自分のパターンかも?と思えるフックを、上手く用意していると思うので、恋愛で悩む人にはいい本になるのではないかと思う。

 

『小商いのはじめかた』

小商いのはじめかた:身の丈にあった小さな商いを自分ではじめるための本

 本業を持ちながら小商いを始めたり成果をだしている人を中心に紹介した本。小商いなのでみなさん収支はトントンくらいの様子だったが、仕事が楽しくないと感じることが多い人は、息抜きに読んでみてはいかがだろう?

 どうしようもなく好きで得意なことを生業にすることについては、「ストレスが少なくて、いいよ」という意見もあれば、「それが嫌になったときは、人生が終わるぞ」と言う人もいて、一長一短あるのだろう。

 しかし私は「仕事は苦労するモノ、辛いモノ」という考え方にはアンチなので、人生は1回きりなので試したいことは小さく試してみることをオススメしたい。

 その人の性格も大きく影響すると思うが、成功しても失敗しても、何かに精一杯取り組んだ経験は、人生にいい影響を与えてくれると思うのです。

 

『この方法で生きのびよ!』

この方法で生きのびよ! 沈む船から脱出できる5つのルール

 閉塞する仕事や事業をどう切り盛りするかという視点を、5つの切り口から書いたビジネス書。イノベーションを成功させる方程式は無いと個人的には思うけど、こういうリスト形式の本はリストに従えば成果が出そうで、読むとそれなりに気分が上がりますね。

 中でも、得意なことを仕事にするために頑張ること、でも5年くらい頑張って芽が出なかったことは目標を変えることが重要であるというのは、そうだよなぁと思った。

 得意なことでプロになりたいと思う人はたくさんいるが、例えばプロ漫画家になるのは難しいことだし、その中でいい成績を残し続ける作家さんは一握り。いくら得意で好きでも儲からなければ続けていけない。

 漫画家になりたいという思いに閉じ込められている状態から、漫画家という目標を漫画編集の仕事をすることに目標変更したら、食べていけるようになったという話が載っていた。誰もがプレイヤーから管理職になれば上手く行くということではないと思うが、そういう転換は、自分で視野を狭めているときは見えづらいものだし、他人の提案で試してみたら上手く行ったという例だと思う。

 自分でしっかり考えることは前提だと思うが、意外なところをもたらしてくれる人、もたらされるモノがあるときは、ちゃんと可能性を考えられる余裕を持っていたいと思う本でした。

あきらめの悪い考え方

厭世的に

 これまでも自分のブログで、プロ写真作家になることやプロカメラマンになることは、目指していないと書いてきたし、今も変わりないつもりでいる。

 今の自分が現存する職種、プロカメラマンやプロ作家に収まるのは難しい。先に始めた人が圧倒的に有利だし、そういう席は満席だと思うからだ。人間誰しも誰かの後に生まれてきて、強制的に人生ゲームに参加させられる。

 自分もそういう職種になれる気がしていたころからはずいぶん時間も経ったし、遠く離れてしまったとも思う。

 

あきらめの悪い

 でも写真は続けているし、今も好きだ。だから、そういう肩書とはもう少し違う形で、写真撮影の技術を活かせないだろうか?と思い始めた。

 例えば自分がボランティアでやっている広報誌のお手伝い、ここ最近撮っている商品撮影未満の写真のように。

 それは素人以上プロ未満という腕なのだけれど、でもいくつかの仕事(その他の業種でも)をして、食べていけるくらいにできないものだろうか。

 これまでの考え方だと、プロになれないなら写真はスッパリあきらめてしまう選択肢しかないと思っていた。

 それをいい形でシフトチェンジしたり、目標にする肩書を変更することで、スッパリあきらめなくて済む選択肢を、自分で創れないものかということなのだけれど。

 

ちょっと具体的に

 自分でパッと思いつくようなことは、もう誰かがやっていると思うので、スグに「コレだ!」と思う仕事が見つからないのは当然だと思う。

 今思っているのは、現在は素人が撮っている写真をウェブに載せているところに、プロを雇う金銭的余裕はないが、もうちょっとだけいい写真が欲しいと思っているところに、上手く代替(アルバイトくらいで)アプローチする方法がないものかな?ということ。ウェブ通販のページで、素人さんが撮っているなと分かる写真の会社へ、営業をかければいいのかな…。ウェブで写真や動画を必要としているところ。どんなところがあるだろう…。

 

 最初にプロ機材一式をそろえて勝負に挑むことをしなくても、小さくテストするような場所を見つけるのも、才能のひとつだと思う。

 いろいろな人とのご縁や巡り合わせも大きいだろうが、そもそも自分の知らない場所も相当多いのではないかと思う。

自分の写真が下手だと思ったら

 「自分の写真は下手だな」と思うことには、2つの方向からの見方があると思います。

他人との比較

 ひとつは、他人との比較でそう思うことです。インスタやSNSに並んでいる他人の写真と比較して、自分が下手だと思うことが多いとつらいでしょうね。

 別に私は自分の写真が上手いと思っているという訳ではなく、表面的に見栄えのする写真を見て「きれいだな」とか「いいね」と思っても、写真が大量にTLに流れてくるので、ひとつひとつの写真を覚えておらず、直接的に自分の作風が影響されることは少ないです。

 

 ちなみに私が上手いと思う写真の基準は、例えば写真を見た2週間後にその写真を思い出せるか、という基準です。写真の第一印象は、とにかく目を引くことを覚えようとしますが、2週間もたつとディテールはおろか、おぼろげなイメージすら思い出せなかったりします。少なくとも、記憶力の低い私はそうです。

 でも2週間どころか、数年経っても「○○さんと言えば、あの写真だなぁ」と思いだせる写真があります。思い出せる/出せないの差が、何なのかまだ私には言語化できませんが、厳然とその差は存在しています。ちょっと思うのは、見た写真と自分が対話したかどうか、と言うことのような気もしますが、気のせいかもしれません。

 このことは自分が上手く撮れたと思うこととは関係なく、写真を見た相手の中にあるので、その感想を聞くことが無ければ、永遠に知ることの無いことです。自分から誰かの写真への感想をあまり言わないので、そういうことを言えるようになっていきたいと、Zineをみていて思いました。

 

自分の世界観との比較

 話を戻して、「自分の写真が下手だ」と思うもうひとつは、自分の中にあるイメージを、写真で再現できたかどうかという、自分の世界観と自分の成果物との比較です。

 この点においては、自分は下手ですし、よく反省します。

 シャッターを切るときに、自分のイメージがしっかり立っていることは、あまりありません。ごく稀に上手く行くことがあるくらいです。しかし撮りながら考えていくというスタイルでもいいと思います。

 写真は、撮った後で自分のイメージとのすり合わせをしてもいいと思いますが、私は自分の撮った写真が、自分の気持ちというパズルのどこに収まるピースを撮ったのかを把握するのも苦手です。

 

 この点において私が長らく思っているのは、自分の引き出しの少なさだと思っています。写真を見る目が無いと自暴自棄に書くこともありますが、ならばもっと写真集を観る/読むなど、自分ができることはまだまだあるのが現状だと思います。

 また、自分の写真を振り返る時間を、最近あまりとっていないことも大きいのかもしれません。写真はPCなどのモニターで見返すことでもできますが、まず写真をプリントしなくなって久しいことが影響しているように思います。自分の写真との対話が必要ですね。

 

おわりに

 私はいくら素敵な写真を見ても、自分が撮れる写真は、良くも悪くも自分の分身みたいなものでしかないと思っています。

 撮った写真を盛っても、メッキしてもいいと思いますが、写真が大量に溢れるこの世の中で、写真は何のためにあるのかな?ということを思います。

 きっと、写真を撮る・見せる場面ごとに優先順位は変わるのでしょう。そんな中でも本質を見つけたいとは思いますが、時代によって変わるものも大きいと思います。