ウサギノオト

ぼんやりした考えを、コネコネしてみる。

好きな動物

 写真を習っていたころ、動物園での撮影会に参加したことがきっかけで、動物撮影にのめりこんだ時期がある。

 私の動物撮影の醍醐味は、動物をかわいく、時に面白く撮れたりするところ。

 動物園はいつ行っても動物たちが展示されているけど、動き回っているか、お昼寝タイムか、あるいは陰に隠れてしまっているなど、展示場の中にいても必ずいい写真が撮れるわけではないところが、ある種のギャンブルであり、その面でハマっていた部分もある。

 

 眠る動物もかわいらしいが、写真を撮るなら動き回ってくれる動物の方が、見ていて飽きないし、動物たちのいい表情の写真も撮れるように思う。

 動物たちは、開園直後が一番動き回るという話を聞いたことがある。私は午後に行くことが多く、眠そうな動物たちばかり撮っていたので、試しに朝一番に行ったことがあるが、確かに良く動き回っているように見えた。ただし、体の小さいレッサーパンダなどは、動きが早すぎて写真におさめるのが難しかった印象もある。

 

 私が好きな動物は、ホッキョクグマだ。

 上野動物園に通っていたころは、おやつタイムにリンゴがプールに投げ入れられると、どぼーんとプールに飛び込むさまや、プールから上がってブルブルっと水をはらうすがたがかわいかったのだが、今は展示場が新しくなっているらしいので、一度見に行ってみたい。

 天王寺動物園ではイッちゃんが首を振りながら後ろ向きに歩いたり、プールに三角コーンやプラスチックのカゴのおもちゃを投げ入れられると、いつまでも遊んでいる姿は、見ていて飽きない。

 

 以前、天王寺動物園ではモモというホッキョクグマの赤ちゃんが生まれたことがあった。大人のホッキョクグマとはまた違い、白いモコモコが展示場を元気いっぱい走り回る姿は、格別のかわいらしさだった。

 お近くの動物園で、ホッキョクグマの赤ちゃんが生まれることがあったら、ぜひ見に行っていただきたいと思うのでした。

好きな花

 最近、さまざまな家をみることが増えた。物件を購入するわけではないが、毎月何十件と見ていると見えてくるものがある。たとえば敷地面積が狭くて、3階建てで庭なしという物件は珍しくない。

 1970年から2010年の間に、日本の都市における住宅敷地面積は、約400平米から約200平米に減ったという統計もあり、都市における戸建ての家で生活をする上で、庭は相当贅沢なオプションになっていると思われる。

 

 私が子どもの頃は、庭のあるお宅が多く、庭の植物が四季を印象付けていた。たとえば、近隣の家に植わっている枇杷無花果をいただくことも多かった。それらは、今日スーパーで並ぶ農作物のように、特別おいしいという訳ではなかったかもしれないが、庭で採れる果物は巡りくる四季の楽しみであった。

 

 同じように花も季節を印象付けていた。最近ほとんど見かけなくなった花がある。ユリである。

 オニユリの燃えるような橙色は、夏休みのイメージが結びついて、好きな花だったと思う。オニユリ自体は、育てることが難しい訳ではないらしいから、見かけなくなったのは、園芸界隈の流行り廃りがあるのかもしれない。オニユリは、割と背が高くなる植物で大きい植物は避けられているのかな?

 

 今では、ユリが植わっている庭は珍しいが、お花屋さんで四季を通じてカサブランカなどを見かけることは、当たり前になったように思う。

 ユリの花の何が好きかというと、花弁はシンプルであるのに、花としての印象は緩やかなアールを持って、身体をよじっているような艶っぽさがあるところだ。

 「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」という慣用句は廃れているかもしれないが、美人の姿や振る舞いを花に重ねて形容した人の慧眼と言葉の巧みさは、時代を経ても素晴らしいと思う。

『WORK SHIFT』リンダ・グラットン

 今更『WORK SHIFT』リンダ・グラットンを読み終えました。2025年に生きて働く人が、どういう未来にたどり着くかシミュレートされた本です。

 

 私が特になるほどと思ったのは、「コミュニティーをつくる」というパートでした。未来においてデジタルデバイス技術の発展によって、オンラインでつながって仕事をする場面が増える代わりに、密度の高い家族や友人とのつながりを失っていく可能性が描かれており、意識的に人とのつながりをつくる気持ちでいないと、孤独な未来が待ち受けているかもしれないと書かれています。

 

 この本の中では、コミュニティーを、ポッセ(同じ志を持つ人)、ビッグアイデアクラウド(多様性にとんだ大人数のネットワーク)、自己再生のコミュニティー(頻繁に会うことで、リラックス、リフレッシュできる人たち)と分けて考えていました。これまでの価値観でいうなら、同僚、友人、家族なのかもしれませんが、多様な価値観が浸透していく未来において、言葉の雰囲気に惑わされないような言葉を選んだのだろうなと思いました。

 

 この3つのコミュニティーの箇所を読んで、昔の自分にはこういったコミュニティーが全てあったのに、今は欠けているピースが多く、自分の社会断絶ぶりに気持ちが崩れ落ちそうになりました。

 今の私が、自分の関われるコミュニティーについて選択・実行できることは非常に少ないですが、本を読み終えて、現状でできることはやっておきたいと思ったのでした。
必ずしも著者が言うような未来がやって来る保証はありませんが、しかし覚悟すべきところは大きいのではないかと思います。

 

 不安になって逃げたり、楽観しすぎて手を付けないと、ツケがあとに回るだけですし、今の状況で読めてよかったと思うことにしておきます。

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉